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2016. 12. 24  
またクリスマスの季節がやってきた。
いつものようにTVにも街角にもクリスマス・ソングが流れる。
ジョン・レノンの「ハッピー・クリスマス」はもちろんいいけれど、一番好きなクリスマス・ソングは、グレッグ・レイクの「夢みるクリスマス/I Believe In Father Christmas」。

1975年11月にシングルとしてリリースされたこの曲はグレッグが作曲、作詞はキング・クリムゾン時代からの盟友ピート・シンフィールド。

ヨルダンで撮影されたというPVには、苦しみも痛みも悲しみもない平和な世界を祈るこの曲のメッセージが強く反映されている。

グレッグの魂も今は天に。
人々が平和にクリスマスを迎えられるよう空の上から見守っていてくれますように。

greg lake




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2016. 10. 14  
今朝のニュースはどのテレビ局でも「ボブ・ディラン ノーベル文学賞受賞」の話題で持ちきりだった。
そして、バックで流れるのは決まって「風に吹かれて」である。

果たして、ボブ・ディランと聞いて、「風に吹かれて」以外の曲が思い浮かぶ人ってどれくらいいるのだろうか?
世間的にはいまだにボブ・ディランはプロテスト・ソングの巨匠らしい。

そういえば、ジョン・レノンが撃たれたとき、ニュースで流れたのはお門ちがいの「イエスタデイ」だった。

書店では特設コーナーが設けられ、(今頃になって)詩集やバイオグラフィー本が飛ぶように売れ、日ごろ音楽とは無関係な雑誌でさえ特集を組むことだろう。

ディランの素晴らしさが広く世間に知られることは大変喜ばしいことだけれど、一方で、「時の人」的な存在に祭り上げられ、大衆に消費されたあげく一過性のブームに終わるのでは、と危惧もされ複雑な心境だ。

かつてのディランなら「ノーベル賞なんて!」と拒否もしただろうが、今やスタンダードまで歌う彼なら、はにかみながらも素直に賞を受けるんだろうな。

だから私も素直に言います。
Congratulations, Bob!

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Like A Rolling Stone
2016. 03. 14  
初めてEL&Pの名前を聞いたのは1971年、中学2年の秋だった。
その年、深夜ラジオで洋楽にとりつかれ、情報に飢えていた私は、もっとも近い都会、佐世保市の本屋で買った「ミュージック・ライフ」誌の10月号を毎日むさぼるように読んでいた。

9月に初来日を控えたレッド・ツェッペリンの直前レポートや8月にニューヨーク、マジソン・スクエア・ガーデンで開催されたバングラ・デシュのコンサートの模様を伝えるグラビアに胸を躍らせていた私を捉えたのは、今最も期待される新人グループの記事だった。

それぞれが名門グループの出身で卓越した技巧と派手なステージ・パフォーマンスであっという間にスターダムに登りつめた3人組エマーソン・レイク&パーマーは、2枚目のアルバム『タルカス』を発表し、ますます波に乗っているというような内容だったと記憶している。

髪を振り乱し、すさまじい形相で演奏する3人の姿には鬼気迫るものがあり、モノクロ写真がよけいにそれを引き立たせていた。
アルマジロとタンクが合体した奇妙で破壊的な『タルカス』のジャケットの印象は強烈で、その音楽を是非聴いてみたいという衝動に駆られた。

実際に彼らの音楽に触れたのは、一年後、3枚目のアルバム『展覧会の絵』を買ってからだ。
当時いつもつるんでいた友人は『ライブ・クリームVOL2』を買い、学校帰りに彼の家で2枚のアルバムを繰り返し聴いた。
奇しくもどちらのグループも最高のテクニックを持つトリオで、しかもライブ盤ということもあり4チャンネルのステレオで聴く迫力はすさまじく、中学生をノックアウトするのに十分だった。

キング・クリムゾンをストイックな格闘技とするなら、EL&Pはプロレスだとかねがね思っていた。
メンバーそれぞれが相当なテクニックを持ち、プログレッシヴ・ロックの代表的バンドでありながらも、その音楽は自己満足に陥ることなく、華麗で明るい。

ピアノ・コンチェルトからジャジーなオルガン・ソロまで弾きこなすエマーソンは両手で異なるキーボードを操り、オルガンにまたがり、鍵盤にナイフを突き刺す。
乾いた小気味良いスティックさばきを見せるカール・パーマーは要塞のようなドラム・セットに囲まれ、Tシャツを脱ぎながら両足でキックを打つ。
ソロでアコースティック・ギターに持ち替えたレイクは中世の吟遊詩人を思わせる幻想的な歌を聴かせる。
そして壮大な「キエフの大門」は大砲をぶっ放して終わる。
そのステージはひたすらエンターテインメントに徹している。

キース・エマーソンの突然の死を想像だにしなかった1週間前、たまたま最後の再結成ライブ『ハイ・ヴォルテージ・フェスティバル2010」を観た。
3人とも年を取り、さすがにオルガンに飛び乗ることはなかったが、華麗で楽しいステージはそのままだった。 

同級生の友人とは今でもたまに連絡を取り合う仲だ。
ジャック・ブルースが亡くなったときも2人でクリームに夢中になった昔を懐かしんだ。
彼とはまた連絡を取り合うことになるだろう。
カルピスを飲みながら『展覧会の絵』を聴いた夏の日を憶えているだろうか。

キース、たくさんの素晴らしい音楽と楽しい時間をありがとう。
Rest In Peace


keith emerson
Hoedown - Emerson, Lake & Palmer
2016. 01. 30  
エグザイルといっても徒党を組んで歌うどこかのダンスグループのことではない。
こちらは60年代から活動しているケンタッキー出身の正真正銘のアメリカン・バンドである。

バンドの歴史は古く1963年に高校生で結成されたジ・エグザイルズが原型である。
プロになってからもツアーバンドで全米を回るなど地道な下積み活動を長年続けていたが、転機が訪れるのは1978年、後にブロンディやパット・ベネターなどを手がけるプロデューサー、マイク・チャップマンが作曲・プロデュースしたシングル「キス・ユー・オール・オーバー(Kiss You All Over)」が8月に全米チャートトップ40入りを果たし、9月には4週間に渡って1位を記録した。

男くさいヴォーカルとディストーションのかかったギター・フレーズが切ない男心を表現しているようで印象的だ。

次の「ユー・スリル・ミー」もトップ40入りを果たしたが、その後は全米チャートからは姿を消した。

しかし、グループは80年代に入りカントリー・バンドへと変身を遂げ復活、カントリー・チャートでは数多くのナンバー1ヒットを飛ばし現在も活動中である。

インターネット・ラジオの全米ヒット曲専門チャンネルでは「キス・ユー・オール・オーバー」を始め彼らの曲をしばしば耳にする。
ロック・バンド時代のエグザイルも当時を経験した人たちには未だに根強い人気があるようだ。


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Exile - Kiss You All Over
2016. 01. 11  
アメリカでは、ときどき英語圏以外の国のアーティストの曲が突然ヒット・チャートをかけ上ることがある。
古くはドメニコ・モドゥーニョの「ボラーレ」やベルギー出身の歌う尼さん スール・スーリールの「ドミニク」、坂本九の「スキヤキ」もそうだ。
無名のアーティストでも曲がよければヒットするのは、それだけアメリカの音楽市場のすそ野が広いことの表れだろう。

スペイン出身の6人組モセダデスが歌う「エレス・トゥ(Eres Tu)」もそういった曲の一つ。
1973年ユーロビジョン・ソング・コンテストで2位となり、その後アメリカでもヒットし、1974年3月には全米チャート9位まで上った。

美しいメロディ、空から聞こえてくるような澄んだ声とスペイン語の響き、歌詞は解らずとも心が洗われる気がした。

当時FENではよくかかっていたが、日本では特に紹介されることもなく、レコード店で探しても見当たらなかった。

大人になってからも中古レコード店を探し回ったが、見つけることはできず、このまま一生出会うことはできないものとあきらめていたが、ありがたいことに、今ではいろんなコンピレーションCDがリリースされていて、廃盤となった昔の曲でもたいていの曲は手に入れることができるようになった。

米ライノ・レコードのコンピレーションCD「Have a Nice Day」には70年代の全米ヒット曲が惜しげもなく収録されていて、ギャラリーの「恋するあなた」「アイ・ビリーヴ・イン・ミュージック」、ルッキング・グラスの「ブランディ」、アンディ・キムの「ロック・ミー・ジェントリー」といった長年探し求めていた曲とともに、「エレス・トゥ」も収められている。

スペイン語圏ではいまだに根強い人気を保っているというが、アメリカではその後目立ったヒットもなく、残念ながらモセダデスもいわゆる「一発屋」に分類されるのかもしれない。
だが、「エレス・トゥ」は永遠のマスターピースと呼ばれるに相応しい。

mocedades-copia_convert_20151228224847.jpg
Mocedades "Eres Tu" (Remastered Audio) HD
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