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2013. 06. 19  
ようやく『シュガーマン』を観ることができた。

1970年代初頭に2枚のアルバムを出すも全く売れずにそのまま消えたメキシコ系アメリカ人シンガー、シクスト・ロドリゲス。
その彼が地球の反対側の南アフリカではビートルズやサイモン&ガーファンクルと並ぶほどのスーパースターだったという嘘のような本当の話である。

この国でこれほど人気があるのに本国アメリカでは何故無名なのか。
情報が全くないのは何故なのか、いったい彼は何者で何処にいるのか。
二人の南アフリカ人がロドリゲスの消息を探るところから物語が始まる。


ステージで火を放ち、拳銃で自らの命を絶ったという噂もある中、二人はあらゆる手がかりを探ったが消息は一向につかめなかった。
そんな中、歌詞の中にある地名から糸口を見つけ出そうとしていろんな土地、国をめぐった結果、ようやくアメリカ、ミシガン州デトロイトに辿り着く。
デトロイトを本拠地とする当時のレコード会社の担当プロデューサーに行き当たった二人はロドリゲスがまだ健在だということを知る。

そして、遂にロドリゲス本人と連絡が取れた二人は迷わず南アフリカでのコンサートを申し出る。 

1998年、半信半疑のまま南アフリカに降り立ったロドリゲスと娘たちを迎えたのは2台のリムジン、宿泊先は高級ホテルのスイート・ルーム。
20人も集まれば上等と思っていたコンサート会場はロドリゲスを40年以上も待ちわびた5000人の大観衆で埋め尽くされた。
ロドリゲスが登場するとスタンディング・オベーションの嵐。
彼が歌うと皆が口ずさみ、涙ぐむ人もいた。
行われた6回のコンサートはすべてソールドアウト。

歌は時として歌い手本人が考えもしなかった方面に影響を及ぼすことがある。
「ヘイ・ジュード」が1960年代ソ連の支配下にあったチェコスロバキアで民主化運動のシンボルとなったように、ロドリゲスの歌もまた70年代当時南アフリカで執られていたアパルトヘイト(人種差別政策)への反対運動のテーマ曲となっていた。
そしてアパルトヘイトが撤廃された後においても南アフリカの人々のソウルソングとなっていたのだ。

南アフリカでの初ツアーで大成功を収めたロドリゲスだが、彼の生活は以前とまったく変わることはなかった。
アメリカに帰ったロドリゲスはこれまでどおり肉体労働の生活に戻った。
レコード会社から契約を打ち切られた後は、ずっとこの生活で家族を養ってきたのだった。
コンサートの収入は家族や友人にあげた。
南アフリカでのレコードセールスは50万枚以上というが、もともと海賊盤であったため、まったくロドリゲスの収入にはならなかったのだという。


インターネットで何万という曲が切り売りされ、消費される時代に一人のシンガーの歌を大切に聴き続ける人々。
どんなに環境が変わろうとも、自分の生き方を貫く男。

真の豊かさとは、人生で一番大事なこととは。

ボブ・ディランのような鋭い感性、ホセ・フェリシアーノのような強さを持った歌声、聴く人の魂に訴えかける曲の数々。

例え偶然であったとしても、このような素晴らしいシンガーを埋もれさせなかった南アフリカの人たちに感謝したい。


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http://www.sugarman.jp/

Rodriguez - I Wonder
Rodriguez - Cause
Rodriguez - Crucify Your Mind

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2013. 03. 30  
本国アメリカではまったく鳴かず飛ばずのシンガーが地球の反対側の南アフリカではディランやストーンズを凌ぐほどのスーパースターだったという、まるで小説のような奇跡のドキュメンタリー『シュガーマン』が話題を呼んでいる。

これほどのスーパースターがなぜ本国では無名なのか、彼はいったい何者なのか、南アフリカの熱狂的ファンがシュガーマンの正体を探っていくうちに驚くべき真実が明らかになる。
ちょっと謎めいていて興味をそそられる映画だ。

そして、もうひとつ、この春話題を呼んでいる映画が『ジャーニー/ドント・ストップ・ビリーヴィン』だ。
70年代から活動を続けているベテラン・アメリカン・ロック・バンド、ジャーニーが新しいリード・シンガーを探し当て、バンドの停滞期から見事復活を遂げるドキュメンタリー。

ハスキーでハイトーンのヴォーカルが魅力の看板シンガー、スティーヴ・ペリーが抜けた穴は大きく、後任のシンガーも長続きせずに二人も辞めていった後、なかなか適任者が見つからず諦めかけていたときに偶然にYouTubeを観ていたニール・ショーンが見つけたのがフィリピン人アーネル・ピネダだった。

マニラの貧民街で育ち、バンドで歌ってその日の僅かな稼ぎを得る毎日を送っていた彼がニール・ショーンのメールがきっかけで世界的人気ロックバンドのリード・シンガーになるという、陳腐な表現だが正にシンデレラ・ストーリーだ。

「カッコ悪いし、背も低い」「完璧なアジア人」と自分を卑下するアーネルだが、スティーヴ・ペリーにも引けを取らないハイトーン・ヴォーカルとステージでの全力のパフォーマンス、そしてオフ・ステージで見せる謙虚な態度は実に魅力的で、間違いなくバンドに新風を吹き込んでいる。

フィリピンのスーパースターといえば、ボクシングで史上二人目の6階級制覇を成し遂げたマニー・パッキャオを思い出すが、貧しい家庭に育ったという境遇も二人は同じだ。

アジアの貧民街で育った若者が世界チャンピオンになり、ロック・スターになるという奇跡はきっと同じ境遇の人々に勇気と希望を与えているに違いない。

熊本では Denkikanで公開予定。



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http://journey-movie.jp/
Journey アーネル・ピネダ物語 at Oprah "Don't Stop Believin'"
Denkikan
2010. 03. 28  
ディア・ストーカ(鹿射帽)にインバネス・コート、長身でやせぎす、誰もが思い描くホームズ像を、ガイ・リッチー監督の「シャーロック・ホームズ」は見事に打ち壊してくれた。

ロバート・ダウニーJr.のホームズは、刺繍が施されたジャケットにガラガラのベスト、首にはスカーフと、伝統的な英国紳士とはかけ離れた出で立ちだ。
小柄だがマッチョな彼は肘掛け椅子に腰掛けてじっくり思考するのではなく、いきなりロンドンの街に飛び出し悪漢をつかまえる。
ジュード・ロウのワトソンもホームズの引き立て役ではなく、ハンサムで行動的、必要とあらばピストルも容赦なくぶっ放す。

女嫌いのホームズが唯一心を動かされた女性アイリーン・アドラーを演じるレイチェル・マクアダムスは、ホームズというよりはジェームズ・ボンドに出てきそうな感じだし、ワトソンの最初の妻となるメアリー・モースタン役のケリー・ライリーも、しとやかという印象ではなく、海外TVドラマで見るような現代的な女性だ。

映画・テレビ・舞台でこれまで多くのホームズものが作られてきたが、どれも成功したとは言えない。
英グラナダ・テレビの「シャーロック・ホームズの冒険」を除いては。
ジェレミー・ブレットのホームズは風貌・体格・ファッション・振る舞い、すべての面で申し分なく、ワトソンはもちろんのこと、ハドソン婦人、レストレード警部を始めとする脇役にいたるまでイメージどおり。
舞台となるロンドンの街角や犯行現場の描写も原作に極めて忠実。
このシリーズがホームズものの決定版であることは、すべてのホームズファンが認めるところだろう。

ガイ・リッチー監督は、こういう事実を踏まえ、あえて既成概念をいったん壊したうえで新しいホームズ像を再構築することにしたのだろう。
ここに登場する若いホームズとワトソンはTVシリーズの刑事コンビのようにアグレッシブで現代的、我々がよく知っている二人とはまったくの別人だ。

とはいえ、一方で、ホームズに欠かせないところもしっかり押さえている。
ボクシングやヴァイオリンといった特技、ピストルで壁に女王陛下のイニシャルを撃ち抜いたり、散らかり放題の部屋、困った下宿人に悩まされるハドソン婦人といったおなじみの場面にファンは安心もする。

時代の描写にも余念がなく、産業革命に代表されるビクトリア朝の繁栄とその影にある貧困が場面のいたるところから感じられる。
霧に浮かぶ建設中のタワー・ブリッジに象徴されるように、近代化がどんどん進んでいく一方で、まだ闇も多く存在した19世紀末のロンドンを見事に再現した映像が素晴らしい。


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映画『シャーロック・ホームズ』オフィシャルサイト

Jeremy Brett - Sherlock Holmes - Memory Tribute
2010. 02. 07  
今年は黒澤明生誕100周年。
TVや雑誌、イベントなどどんな企画がされるのか楽しみだ。

黒澤映画といえばやっぱり三船敏郎。
芝居の上手下手はわからないけれど、彼のような存在感がある役者はいない。
映画やTVドラマで黒澤作品がリメイクされているが、誰が演じても三船敏郎にはかなわないと思う。

「野良犬」「七人の侍」「隠し砦の三悪人」「用心棒」「天国と地獄」「赤ひげ」など、みんないいけれど、一番好きなのは「椿三十郎」である。

三船演じる浪人が、正義感は強いが世間知らずな若侍たちを助け、謀反を企む家老たちをやっつけるという痛快な時代劇だ。

「用心棒」の続編的な作品だが、前作に比べこの作品はユーモアに満ちていて明るい。
東宝のキャッチフレーズだった「明るく楽しい東宝映画」を体現している。

若侍を演じているのが加山雄三、田中邦衛、平田昭彦(ゴジラには必ず出てた)、久保明といった俳優たち。
今考えれば本当に豪華な顔ぶれだが、まだみんな若い盛りで青臭く、当時の東宝の先輩・後輩の構図がそのまま三十郎と若侍たちに投影されているようで面白い。

クライマックスは敵役 室戸半兵衛(仲代達矢)との決闘シーンだ。

20数秒の長い沈黙の後、一瞬で勝負が決まり血しぶきが吹き上がるシーンは何度観ても、ものすごい緊張感があるが、当時のスタッフによれば、あれはぶっつけ本番だったという。
刀を抜くタイミングは三船と仲代にまかされていたというから、役者もスタッフもまさに真剣勝負だったのだろう。

後年の黒澤作品には三船敏郎は出演していない。
調べてみると二人の決別は意外にも早く、1965年の「赤ひげ」が最後となっている。

今となってはかなわぬ夢だが、お互い円熟期を迎えた二人の作品を観てみたかった。



椿三十郎
椿三十郎 予告編
2008. 10. 19  
久しぶりに映画館へ行った。
連休最終日のシネマコンプレックスは家族連れやカップルで賑わっていた。
こんなに混み合うのは珍しい。
景気の後退感を反映して、誰もが遠出を避け近場で気軽に楽しむ傾向にあるのか、それとも話題の映画に人気が集中しているのか。

TVシリーズの『ガリレオ』はたまに観るくらいだったが、映画のほうはちょっと違うという評判だったので観ることにした。
福山雅治は、常々ルックスも声も演技もいいなと思っていたし、柴咲コウも個性的な美人だが、どんな役でもこなせるような器用さと芯の強さを併せ持っている女優だと思っていた。
何より二人のコミカルなからみをまた観てみたいと思った。
映画の魅力は、監督、ストーリー、脚本はもちろんだが、誰が演じるかによって大きく左右されると思っているので、このコンビに加え堤真一が出ていると聞けばきっといい作品に違いないという確信のようなものはあった。

クールな湯川(福山)と熱い内海(柴咲)のおなじみの二人のやりとりが始まると安心するが、ストーリーが進むにつれ、すぐにTVシリーズとは違うなと感じた。
TVの『ガリレオ』は、毎回キャラクターの強いゲストを迎えて犯人との知恵比べを主眼としたエンターテインメントだったが、この映画は謎解きよりも人間ドラマに重きが置かれている。
ストーリーそのものがシリアスだし、常に沈着冷静で「感情は論理的ではない」と言い切る湯川が初めて人間らしい感情をあらわにする。

17年ぶりに再会した二人の天才、湯川と石神(堤真一)は極めて対照的に描かれている。
いつまでも若々しい湯川とすっかり疲れ果てた石神。
それは二人の表情、服装、姿勢、話し方によく表れている。

東野圭吾の原作を壊すことなく2時間の映画に凝縮するには随分苦労があったらしいが、最後の最後まで観ている者を惹きつける展開は見事だし、細かなディテールにもこだわりが感じられ、ミステリーとしても秀逸だと思う。

福山と柴咲、松雪泰子の渾身の演技はもちろんだが、何と言っても堤真一が素晴らしかった。
映画館を出てからも余韻がいつまでも残る感動的な作品だった。

それにしても、まさか『ガリレオ』で泣かされるとは。


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