FC2ブログ
2008. 08. 16  
東芝レコードは英オリジナルEPのほかにも、独自編集のEPを12枚も発売していた。
それらは「コンパクト7」というシリーズで、ビートルズのほかにもベンチャーズなどがあった。

手頃な価格で4曲聴けるEPレコードのニーズは高く、東芝のほかCBSソニー、日本グラモフォン、RCAビクター、キングなど各社が同様の企画を持っていた。

東芝のコンパクト7シリーズはすべて同じデザインでジャケット写真には珍しいスナップショットが多く使われており、眺めていても楽しいものだった。

65~66年の曲が収められているこのEPは、「ペーパーバック・ライター」「ノルウェーの森」「恋を抱きしめよう」が一度に聴けるのが魅力で迷わずに買った記憶がある。
ジャケット写真には英ABCテレビの「サンク・ユア・ラッキー・スターズ」のリハーサル風景が使われている。



コンパクト7
スポンサーサイト



2008. 07. 13  
アルマジロとタンクが合体した驚異的な生き物。草木1本生えていない殺伐とした砂漠のような場所に佇む彼の後ろにはこれまで倒してきた多くの敵の骨が散乱している。

『タルカス』はエマーソン・レイク&パーマーのセカンドアルバム。71年にリリースされ全英1位、全米9位を記録した本作は日本でも好評を博し、当時バンドの人気はうなぎのぼりだった。

ジャケットはアルバムを聴いたグレッグ・レイクの友人のイラストレーターが描いたもので、「タルカス」という名前はキース・エマーソンが車で帰る途中に突然閃いたものだという。

A面はタルカスの誕生から彼が全てを破壊し海に帰るまでを描いた一大組曲、B面は対照的にヴォーカル主体の小品が並んでいる。
ムーグ・シンセサイザーを駆使し、変拍子を多用したサウンドは当時話題を呼んだが、今あらためて聴いてみると、この後発表される『展覧会の絵』『トリロジー』『恐怖の頭脳改革』と比べ単調さは否めない。
アルバム最後の曲「アー・ユー・レディ・エディ」は、彼らには珍しい単純なR&Rナンバー。エマーソンとパーマー(!?)のバック・コーラスはご愛敬といったところか。

ちなみにタルカスの最後の敵である半人半獣の怪物「マンティコア」は、後にEL&Pが設立するレーベルの名前になっている。

ロックに本格的にのめりこんだ70年代初頭、ミュージック・ライフ誌でよく見かけたこのアルバムは『レッド・ツェッペリンⅣ』やムーディー・ブルースの『童夢』などと共に気になるジャケットではあったが、実際に手に入れたのはずっと後、90年代に入ってから中古盤屋でだった。


タルカス

2008. 05. 31  
「サイモン・セッズ(Simon Says)」は1910フルーツガム・カンパニーの最大のヒット曲で1968年に全米4位を記録している。

オルガンの軽快なサウンド、キャッチーなメロディ、「むすんでひらいて」のアメリカ版といったわかりやすい歌詞、ポップスのお手本のようなこの曲は誰でも一度聴いただけで好きになるだろう。

当時のロー・ティーン向けの他愛のないポップスは「バブルガム・ミュージック」と呼ばれているが、オハイオ・エクスプレス、レモン・パイパーズとともにバブルガムの御三家といわれているのが1910フルーツガム・カンパニーである。
これらのグループはいずれもプロデューサー・チームのジェリー・カセネッツとジェフ・カッツがスタジオ・ミュージシャンたちを集めて創られたもので、1910フルーツガム・カンパニーとオハイオ・エクスプレスのリード・ヴォーカルは同一人物であったらしい。

68年といえばブルース・ロックやアート・ロックが華やかりし頃、難解な音楽がもてはやされた時代にあえて低年齢層をターゲットにしたカセネッツとカッツの戦略は見事に大当たりし、所属のブッダ・レコードの売り上げは前の年の8倍になったという。

グループはその後も「ワン・ツー・スリー・レッド・ライト」や「トレイン」といったヒット曲を出し、70年代初頭まで存続することとなる。
今や伝説となっているピンク・フロイドの初来日公演が行われた71年の箱根アフロディーテにも出演しているが、オリジナル・メンバーがいたのかどうかは定かではない。



サイモン・セッズ
2008. 05. 25  
『童夢』は、1967年にプログレッシヴ・ロック・グループとして生まれ変わったムーディー・ブルースの通算6枚目のアルバムで71年にリリースされている。

ジャケット画はフィル・トラヴァースが担当、彼は2枚目から7枚目までのムーディーズのジャケットを描いているが、その中でも一際色彩が鮮やかなのが本作である。

原題の"Every Good Boys Deserves Favour"には深い意味はなく、音楽の基本的なコードであるE、G、B、D、Fからとったものだという。
しかし、訳としては全く関係ないにもかかわらず、このジャケットの持つ幻想的な雰囲気をこれ以上うまく表現したものはないと思われるくらい秀逸な邦題だと思う。

ちなみにインターネットで『童夢』を検索すると、F1レースカー、アニメ、温泉などヒットする件数は半端ではない。
だが、これらはすべて70年代以降に現れたものであり、このアルバムタイトルにインスパイアされていることは間違いないだろう。

このアルバムからシングルカットされたジャスティン・ヘイワード作の「ストーリー・イン・ユア・アイズ(愛のストーリー)」はハードにドライヴィングするギターがフィーチャーされたポップなナンバーで、全米23位のヒットを記録している。日本でもヒットしたこの曲によってムーディーズの名を知ったリスナーは私だけではないだろう。
1曲目「プロセッション」からこの曲に移る際のアコースティックギターによる導入部は何度聴いてもスリリングで美しい。

全編にわたってメロトロン、アコースティックギター、フルート、シタールなどが効果的に使用され、彼らの持ち味である雄大なサウンドを形作っている。
また、もう一つの魅力であるコーラス・ハーモニーの実力も十分に発揮され、ジョン・ロッジ作の「エミリーの歌」ではCSN&Yやビージーズにも負けない美しいコーラスワークを聴くことができる。

詩作の面でも、多くのプログレバンドのテーマとなっている困惑や絶望、嘆きといったものはみられず、どの曲も優しさに満ち溢れ、彼らの音楽の根底にあるのは愛と希望だということがわかる。

この頃バンドは絶頂期にあり、このアルバムも好意を持って受け入れられ全英1位、全米2位を記録している。

個人的には次作『セブンス・ソジャーン』が一番好きだが、ジャケット・内容ともに完成度が高く、ムーディーズの人気を決定づけたアルバムとしてプログレッシヴ・ロックの代表作に数えられるべき名盤である。

童夢
2008. 04. 19  
エジソン・ライトハウス(Edison Lighthouse)は70年代にヒットチャートを賑わしたイギリスのポップグループ。
実体はアイヴィー・リーグ、フラワーポット・メン、ブラザーフット・オブ・マンなどで活躍した売れっ子セッション・ヴォーカリストのトニー・バロウズと英国ポップス界の仕掛人トニー・マコウレーが作り上げた架空のバンドである。

トニー・マコウレーとバリー・メイスンがわずか20分で書き上げたという「恋のほのお(Love Grows)」は、脳天気なサウンドとキャッチーなメロディが大当たり、70年に全英1位、全米5位を記録している。
ちなみに、バロウズはこの年4つの異なるグループで全米100位以内に7曲をチャート・インさせるという離れ業をやってのけている。
74年に日本でもヒットしたファースト・クラスの「ビーチ・ベイビー(Beach Baby)」(全米4位)でリードヴォーカルをとっているのも彼だ。

「恋のほのお」の印象があまりに強かったために一発屋と呼ばれるエジソン・ライトハウスだが、日本では71年にリリースされたこの「涙のハプニング(What’s Happening)」も大ヒットした。

マンドリンが奏でるロシア調の悲しげなイントロ、センチメンタルなメロディラインは如何にも日本人が好むところで、「恋の~」に負けないくらい良質のポップスだと思う。

この曲でリード・ヴォーカルを担当しているのはトニー・バロウズの後任ポール・ヴィグラス。彼もこの後グループを抜け、同じセッションミュージシャンのゲイリー・オズボーンとヴィグラス&オズボーンを結成する。
72年にリリースされた「秋はひとりぼっち(Forever Autumn)」」は、本国ではムーディー・ブルースのジャスティン・ヘイワードのカヴァーが有名だが日本ではオリジナルが大ヒット、イングランド・ダンとジョン・フォードの「シーモンの涙(Simone)」などとともにチャートを賑わした。

他愛のないシングル盤であっても、参加ミュージシャンや作曲家を辿っていけば意外な広がりに気づかされ、ポップス界の人間模様が読み取れるようで興味は尽きない。



涙のハプニング

What's Happening - Edison Lighthouse 1971

The First Class - Beach Baby
VIGRASS & OSBORNE - Forever autumn
SIMONE - England Dan & John Ford Coley
プロフィール
月別アーカイブ
FC2カウンター
FC2カウンター
現在の閲覧者数:
ブロとも申請フォーム
フリーエリア
フリーエリア
ブログ内検索

Page Top