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2015. 10. 04  
刑事コロンボがBS-TBSで再放送される。
http://www.bs-tbs.co.jp/columbo/

今回は旧シリーズ45話と新シリーズ24話の全69話が順番どおりに放送されるということでファンにはたまらない。
以前もNHK-BSで放送されていたが、撮り忘れがあったので、今回こそは撮り逃すまいと心に決めている。

殺人事件がテーマにもかかわらず、凄惨なシーンが一切ないこと。
かつての憧れの国アメリカの上流社会が舞台という洗練された明るさ。
そして、毎回コロンボの口から提供される「カミさん」や兄弟、従兄弟たちのエピソード。
こういったものが犯人を追い詰めていく「いつものやり方」に加わえ何度観ても飽きることがない魅力を作っているのだと思う。

そして、やっぱりコロンボは吹き替えに限る。
http://moodyguitar.blog96.fc2.com/blog-entry-213.html
http://moodyguitar.blog96.fc2.com/blog-entry-156.html
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2013. 09. 23  
刑事コロンボの吹替で知られる石田太郎氏が21日急死した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130922-00000050-spnannex-ent

初代コロンボ声優の小池朝雄が1985年に54歳の若さで他界した後、日本で新コロンボシリーズがスタートした93年から吹替を担当したのが石田太郎だ。

小池朝雄と声質が似ていたため、旧シリーズとの違和感はなく、すんなりと新シリーズにも入り込めた。

だが、もともとコロンボ(=ピーター・フォーク)の声は甲高いしゃがれ声で、日本語吹替とは似ても似つかないものだった。

しかし、不器用な物言いの吹替版のほうが風采の上がらないコロンボのイメージを一層際立たせていたのは事実で、我々日本人にとってはあれ以外の声はありえない。

原作の「my wife」を「うちのカミさんがねぇ」としたのも翻訳の額田やえ子氏だ。
日本独自のコロンボ像を作り上げた日本語版スタッフのセンスに敬服する。

ピーター・フォークも小池朝雄も石田太郎もこの世にいないけれど、週末のコロンボは終わらない。

どうか3人で事件に取り組んでいますように。
R.I.P






オリジナル版


2011. 06. 25  
「刑事コロンボ」ピーター・フォークが23日ロサンゼルスの自宅で死去した。83歳だった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110625-00000003-flix-movi

最近では数年来患っていたアルツハイマー症が重症化し、自分が「刑事コロンボ」を演じたことも忘れてしまうくらいだったという。

2006年に出版された自伝『Just One More Thing(すいません、もうひとつだけ)』には、役者を志すまでの「空白の11年間」から、共演した俳優、監督、脚本家とのさまざまなエピソード、そして「刑事コロンボ」でのこぼれ話が明かされていて、どの頁からも彼の生来のユーモアが感じられる。

ボサボサの髪にヨレヨレのレインコート、ポンコツのプジョーなど、コロンボ・ファッションの構成要素はほとんどが彼のアイデアだったという。
中でも、レインコートは自宅の2階のクローゼットにしまってあったものを、そのまま27年間も着用したらしい。

空き時間のほとんどを、ストーリーの重要な要素である「糸口探し」に費やすといった熱心さも、夢中になると周りが見えなくなるコロンボに似ている。

昭和天皇が訪米した際に、晩餐会に招待したい人物を尋ねられ「コロンボに会いたい」と答えられたこと。

そして、コロンボに負けず劣らず、愛するカミさんの話も満載だ。

名優ピーター・フォークは亡くなっても、週末の午後のスパークを飲みながらの「刑事コロンボ」はこれからも続くだろう。

ありがとうコロンボ警部。

Rest In Peace


just one more thing
表紙のデッサンはピーター・フォークによる

http://moodyguitar.blog96.fc2.com/blog-entry-105.html
2009. 12. 13  
今年は松本清張の生誕100周年ということで、文庫本のリニューアルや雑誌の特集、テレビドラマの再放映、映画のリメイクなど、清張人気が再燃している。

ミステリー好きの私もずっと海外ものがほとんどだったが、3~4年前、清張を読んで以来、すっかりその魅力にとりつかれてしまっている。

清張ミステリーの魅力は、何と言ってもそのリアリティだ。
「謎解きよりも動機が重要」と清張自身が語っているように、何の変哲もない普通の会社員や中級官僚が、あることがきっかけで犯罪に手を染め、あるいは事件に巻き込まれる様が実際に起こったことのようなリアルさをもって描かれている。
そして、その謎を解明するのは名探偵でも敏腕刑事でもなく、ひたすら地道な捜査活動を続けるごく普通の刑事だ。

表現が簡潔で読みやすいところも大衆に好まれている大きな要因だろう。
最初の数行を読んだだけですぐにその世界に入っていける。
昨今の芥川賞作家のような、如何にも純文学然とした回りくどく、意味のない修飾語がだらだらと続くだけの文章とは大違いだ。

清張といえば、「点と線」や「ゼロの焦点」「砂の器」などの長編が有名だが、個人的には短編に魅力を感じる。
長編よりも短編のほうが難しいとよく言われるけれど、さすがに清張の短編は足りないところも余分なところもなく、まさに絶妙な塩梅で完結している。
結末を説明しすぎず、余韻を残してスパッと終わるところも読者の想像をたくましくして効果的だ。

帰省した折、自分が買った本と同じものが実家にあるのを発見し、子供の頃、母親が清張のミステリーをよく読んでいたのを思い出した。
最近はミステリー談義で親子の会話が弾んでいる。

命日(12月21日)が近づいてTVではこのところ毎週のようにドラマが放映されている。
映像作品では誰がどういうふうに演じているのか、事件の舞台をどのように再現しているのかも興味があるところだ。

清張の作品にはよく「悪女」が登場する。
そういう悪女を演じる「清張女優」といえば、かつては名取裕子、最近では米倉涼子ということになるのだろうが、若い人では星野真里がいい。
先頃放映された「黒の奔流」での悪女ぶりは、バラエティなどで見るようなか弱いイメージとはかけ離れた堂にいったもので、最近いろんなドラマに起用されているのも納得する。
彼女にはこれからもどんどん悪女を演じてもらいたい。

男性では「点と線」で刑事役を演じたビートたけしの器用ではない演技が、かえって無骨な九州人の雰囲気を醸し出していてよかった。

また、街中の看板や人々のファッション、夜行列車での移動、天井の大きな扇風機が回っている警察署内の様子などが昭和を感じさせ懐かしい世界に浸れる。

今公開されている「ゼロの焦点」のリメイク版も楽しみだ。


松本清張生誕百年HP

2009. 03. 14  
あの『刑事コロンボ』がNHKのBSハイビジョンで再放映されている。
今回は旧シリーズ45本、新シリーズ23本がノーカット版で一挙に放映されるということでコロンボ・ファンを喜ばせている。

『刑事コロンボ』が日本で最初に放映されたのは1972年。
よれよれのレインコートに安葉巻、ポンコツのプジョーで事件現場に現れる風采の上がらない小柄な中年男が難解な事件を鮮やかに解き明かすという設定が従来のミステリーの主人公のイメージからはほど遠く新鮮だった。

犯人が初めから判っている倒叙ミステリー・ドラマというものも当時は珍しく、巧妙に仕組まれたトリックを最後の数分で見事にひっくり返すという展開が毎回視聴者を魅了し、独特のキャラクターと相まって人気が高まり一大ブームを巻き起こした。

ことに日本においては、小池朝雄による吹き替えが飄々としたコロンボのイメージを決定づける大きな要因となったのはいうまでもない。
「うちのカミさんがねぇ」という口癖と額に手をあてる仕草はしばしばモノマネのネタにもなった。

毎回ゲスト・スターが犯人役となってコロンボと対決するのもこのドラマの大きな見どころのひとつだ。

殺人事件を扱いながら残酷な描写が一切排除されているところも娯楽としてのミステリーに安心して没頭できる要因だろう。

そして、ヘンリー・マンシーニによるおなじみのテーマ音楽は、都会的で洗練されていて聴いているだけでワクワクしてくる。

このドラマには派手なカーチェイスもなければ撃ち合いもないが、こういったいくつもの要素が絶妙なバランスで組み合わさって全体を構成しているところが、今なお我々を魅了してやまない所以ではないだろうか。

休日の昼間、スパークリング・ワインを飲みながら録画しておいた『コロンボ』を観るのがこのところの楽しみである。


刑事コロンボ 完全捜査記録
(別冊宝島 刑事コロンボ完全捜査記録)

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