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2007. 11. 24  
また11月29日がやって来る。
ビートルズファンにとっては12月8日とともに忘れられない日だ。
毎年この季節になると少々感傷的になってしまう。

亡くなる10年前の1991年12月、エリック・クラプトンとともに来日したときは
ファンにとってまさに至福の時だった。
ポールもリンゴも来日したが、ジョージの来日はありえないと思われていた。
1974年の全米ツアーで酷評を浴びて以来、ライブ活動は二度と行わないので
はないかと言われていたからだ。

東京ドームはジョージを目の当たりにすることができる喜びに沸き返っていた。
クラプトンバンドを従えたジョージは本当にカッコよかった。
髭をきれいに剃り、髪型も整えられた若々しい姿は1968年のジョージを思わせた。
演奏は申し分なく、か細いイメージがあった声も意外にハリがあって力強く、映像で
観たどのコンサートよりも素晴らしかった。
ファンが待ち望んでいたジョージ・ハリスンだった。

この時のライブを収録したCDをあらためて聴いてみたが、
これほど繊細でありながら芯がしっかりしているギターを弾くギタリストはそういない。
最近の音楽にはジョージ風のスライドギターも時々聴かれるが、簡単そうでいて
実はあの微妙なタッチはなかなか出そうとしても出ないものだ。

映像はその日本公演から映画リーサル・ウェポン2のエンディングテーマに使われた
“Cheer Down”。
“Cheer Down”という用法は英語の表現にはないらしいが、
普通だったら”Cheer Up”と励ますところを逆に「無理するな、頑張るな」
というところが如何にもジョージらしく、その優しさに溢れた人柄が偲ばれる。




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2007. 11. 18  
EL&Pのグレッグ・レイクが1975年にソロ名義で発表したシングル。
原題は "I Believe In Father Christmas"
作詞はキング・クリムゾン時代からの相棒であるピ-ト・シンフィールド
が担当している。

70年代のプログレッシヴロック・グループの中にあって、EL&Pは超絶技巧と
派手なステージ・パフォーマンスで大衆的な人気を博し、あっという間に
スターダムに駈け上った。

そのEL&Pの中でもグレッグ・レイクの書く曲は常にメロディックで叙情的、
クラシカルなアコースティックギターの腕前と相まって神秘的な雰囲気を醸しだし、
中世の吟遊詩人を思わせた。

映像は1994年12月ニューヨークで行われたサラ・アン・ウッド・レスキューセンター
のためのコンサートでのライヴパフォーマンスである。

EL&Pはクラシック音楽を度々引用(EL&Pでムソルグスキーを知った人は多い)
しているが、この曲でもプロコフィエフが引用されている。

可愛らしかった昔と比べると随分貫禄を増しているが、豊かなテナーヴォイスは
一層深みを増したようで荘厳なクリスマスの雰囲気にピッタリだ。





2007. 11. 11  
1984年、エチオピアの飢饉の惨状を見たブームタウンラッツのボブ・ゲルドフは、飢餓救済のためのチャリティシングルを出すことを思い立ち、ウルトラヴォックスのミッジ・ユーロと共に"Do They Know It's Christmas?"を作曲する。

このシングルを録音するために急遽集められたのが当時の人気シンガー、ミュージシャンからなるバンドエイド(BAND AID)である。
ポール・ヤング、ボーイ・ジョージ、ジョージ・マイケル、サイモン・ル・ボン、スティング、ボノ、フィル・コリンズ、バナナラマらそうそうたる顔ぶれだ。

これだけの人間が集まれば当然出番は限られてくるが、ほんのワンコーラスであってもそれぞれが自分の持ち味を十分発揮して、個性がくっきりと浮き出ているところはさすがである。

また、”クリスマスの季節でもアフリカには雪は降らない。彼らが受け取る最高の贈り物は命”
という切実な歌詞はそれまでのクリスマスソングには見られなかったものだ。

その後のAIDものはすべてバンドエイドから始まっている。
USA for AFRICAの"We Are The World"もバンドエイドがなければ生まれなかった。
もっともジョージのバングラデシュのコンサートが先駆けとなったことは言うまでもないことだが。

ひたむきに歌い、ときにおどける、プロモーションビデオでの彼らは皆チャーミングで本当にいい顔をしている。
 



2007. 11. 04  
今月でバンド結成10周年を迎える。

中学生の頃からビートルズが好きになり、レコードを集め、ミュージック・ライフを読み漁り、
写真集を買い、ハンター・デイビスの伝記を夢中になって読んだ。
いつかリバプールに行こうと心に決め、それが実現したのが20年後のこと。
4人が育ったリバプールは想像していたとおりのところだった。
一つの夢が叶った。

でも、夢はもう一つあった。
ビートルズになること。ビートルズファンの究極の夢。

ビートルズバンドは頭数が揃えば良いというものではない。
それぞれのパートを忠実にこなせて全員が歌えなければならない。
何より全員がビートルズが好きでないといけない。
こればっかりは自分だけでどうなるものでもない。
運を味方につけないと。

しかし、その夢も叶った。
リバプールから5年後、しかも同じ職場で。
ビートルズの4人が揃ったのは間違いなく奇跡だが、
SOMETIMEの4人が揃ったのも奇跡だと思う。
自分は何てラッキーな人間だと思う。

いつもライヴに来てくださる皆さん。
皆さんがいなければここまで来ることはできなかったでしょう。
心から感謝します。

With Love From Us to You


ストロベリーフィールズ
ストロベリーフィールズ


メンディップス
ジョンがミミおばさんと住んだメンディップス


リバプールインスティチュート
ポールとジョージが通ったリバプールインスティチュート


マージー河
マージー河(いずれも1992年撮影)

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