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2008. 03. 30  
ビートル・ファミリーからまた一人逝ってしまった。
元ロード・マネージャーで4人の長年の友人だったニール・アスピノールが肺がんのため66歳で死去した。

ニール・アスピノールは、ピート・ベストの友人でポールとはリバプール・インスティチュートの同級生だった。公認会計士を目指していたが、ピートの家に下宿していたことからビートルズの最初のロード・マネージャーとなる。

ビートルズがデッカ・レコードのオーディションを受けたのは1962年1月1日のことだったが、吹雪の中、リバプールからロンドンまで10時間も車を運転したのはニールだった。

世界中を飛び回るスーパー・スターとなってからもビートルズはニールとマル・エバンス以外にロード・マネージャーを雇うことはなかった。欲深い人間が群がるショー・ビジネスの世界にあって、信頼できるのは同じリバプール人の二人しかいなかったのだろう

68年にアップルが設立されると取締役に就任。
解散後も管財人としてビートルズの楽曲や映画などあらゆる権利の管理をし、4人がどんな状況にあっても暖かく見守っていたのがニールだ。
壮大なビートルズ・アンソロジー・プロジェクトも元々はニールが70年代から温めていたものだった。

現在私たちがビートルズの曲や映像、グッズなど多くの楽しみを享受できるのもニールの地道で献身的な努力のおかげだろう。

天国でジョン、ジョージ、マルとジョークを飛ばしていますように。Rest In Peace




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2008. 03. 23  
TVでは紀行ものを好んで観る。
紀行ものと言ってもいろんな番組があるが、中でも好きなのが鉄道。

WOWOWの「Railway Story」 やBSフジの「欧州鉄道の旅」などはタイマー録画しておいて、貯まったところでDVDに落として時間があるときにまとめて観ている。
NHKBSでこの前までやっていた「関口知宏の中国鉄道大紀行」も面白かった。

そして鉄道紀行番組といえばテレビ朝日の「世界の車窓から」を忘れてはならない。
1987年放映開始で現在も放映中というからもう20年以上も続いている長寿番組だ。
番組自体は5分くらいしかないのだが、その雰囲気が好きでよく観ていた。
最近になって観てないなと思っていたら、どうやら地方によっては放映されなくなっているようだ。
だから、番組のDVDブックが発売されるということを知ったときは嬉しかった。
フランスやイタリアなど好きな地域の号を選んでは購入している。

鉄道紀行の魅力は刻々と変化していく車窓からの風景に、本当に自分が乗っているかのような気分にさせられる点だろう。
ゆっくりとシャンパンでも飲みながら観れば居ながらにしてファーストクラスの気分が味わえる。



世界の車窓から
2008. 03. 16  
You Tubeで検索していると、ときどきとてつもない掘り出し物に出会うことがある。

今日の収穫はシーカーズ(The Seekers)。
1963年にオーストラリアで結成され、翌64年にイギリスに渡って大成功を収めたフォーク・グループだ。

シーカーズといえば、何と言っても「ジョージー・ガール(Georgy Girl)」だろう。
リン・レッドグレーブが主演し、アカデミー賞にノミネートされた同名のイギリス映画の主題歌で、67年2月に全米第2位を記録、日本でも大ヒットした。
紅一点のジュディス・ダーハムの澄んだ伸びのある声と美しいバックコーラスがポップなメロディにピッタリで、一度聴いたら忘れられない魅力を持った曲だ。

姉がよく聴いていたこの曲は、洋楽を全く知らない小学生にとっても印象的で、イントロの爽やかな口笛(?)を聴いただけでいつもウキウキした気分になったものだ。
そういうわけで、自分の中では、ルルの「いつも心に太陽を」やジェファーソン・エアプレインの「あなただけを」とともに60年代を象徴する曲となっている。
作曲者はジム・デイルとリック・スプリングフィールド。
リック・スプリングフィールドは、「この胸のときめきを」のダスティ・スプリングフィールドのお兄さんで、'I'll Never Find Another You'や'The Carnival Is Over'などシーカーズの多くの曲を手がけている。

動くシーカーズは今回初めて観たが、このほかにもエド・サリバン・ショーに出演したときのものや、90年代に再結成したときのもの(ジュディスのまったく変わらないこと!)など、殊の外多くの映像が残されていることに驚いた。
観たくても観られなかった当時のことを思えば、本当にいい時代になったものだ。





2008. 03. 09  
ダイナミックなブラスのイントロと下手くそだが男っぽいハーモニー、ハミルトン、ジョー・フランク&レイノルズのデビュー・シングル「恋のかけひき(Don't Pull Your Love)」を最初に聴いた時の印象は強烈だった。
失恋の歌なのに何も知らない中学生は溌剌としたこの曲を聴いて元気になったものだ。

メンバーの名前を並べただけの長いグループ名もポップ・グループでは珍しく新鮮だった。
(長いグループ名と言えば、「キサナドゥーの伝説」や「オーケイ」などのヒットで知られるイギリスのデイブ・ディ、ドージー、ビーキー、ミック&ティッチが有名だが、あまりに名前が長いため、日本では勝手にデイブ・ディー・グループと呼ばれていた。)

彼らは60年代から活動するベテランミュージシャンで、リード・ギターとヴォーカル担当のダン・ロバート・ハミルトンは作曲家としても優れ、ベンチャーズの「ダイヤモンド・ヘッド」は彼の手によるものだ。

70年代に再スタートした3人が契約したのは、グラス・ルーツやスリー・ドッグ・ナイトなど多くのスターを擁するダンヒル・レコード。
レーベルの期待は大きく、「ダンヒル・レコードの秘密兵器」と言われ、センセーショナルなデビューを飾った。
デニス・ランバート&ブライアン・ポッター(オリジナル・キャストの「ミスター・マンディ」、グラス・ルーツ「恋は二人のハーモニー」などの多くのヒット曲を手がける)が作曲し、アレンジをジミー・ハスケル、プロデュースをスティーヴ・バリが担当した本作は期待通りの大ヒットとなり、71年7月に全米4位を記録、日本でもヒットチャートの上位にランクされた。
続く「アナベラ(Annabella)」 (全米46位)や 「デイジー・メイ(Daisy Mae)」 (全米41位)も当時ラジオでよくかかっていた記憶がある。

その後はヒットもなくしばらく音沙汰がなかったが、75年にプレイボーイ・レーベルに移籍し、自作の「フォーリン・イン・ラブ(Fallin' In Love)」を見事1位に送り込んでいる。

なお、ダン・ハミルトンはグループ解散後も妻と歌手活動を続けていたが、1994年12月に病気のため他界。

今でもこの曲を聴くと、「ダンヒル・レコードは一がグラス・ルーツ、二がスリー・ドッグ・ナイト、三、四がなくて五がハミルトン、ジョー・フランク&レイノルズ」と言っていた八木誠氏を思い出す。




恋のかけひき


2008. 03. 02  
先日、東京に行った折に念願だったシルバービーツを観ることができた。
日本を代表するビートルズのトリビュート・バンドだ。

彼らがレギュラー出演している六本木キャバンクラブは、平日にもかかわらず満員の盛況ぶりだった。さすがに東京は違うなあと思った。

メンバーは4人で、初期、中期はもちろん、後期の難解なナンバーまでこなす。
ほとんどインド音楽の 'WIthin You Without You' やブラス、ストリングスがふんだんに使用された'All You Need Is Love' 、はては 'Revolution9' までソングリストに入っているのにはびっくりした。

一人一人の演奏技術は申し分なく、コーラスハーモニーも秀逸、もう一つのビートルズの世界を完璧に形作っている。曲の合間のトークも時事ネタなど織り交ぜユーモアたっぷり、メンバーのからみも絶妙で、実に楽しいステージだった。
注目すべきは、やはりJohn役の馬渕英将(まぶJohn)。ルックスは65~66年のジョンに瓜二つ、ボーカルスタイルも演奏する姿も若々しいジョンそのままといった感じ。振る舞いは自然でありながら、ファンや従業員への気配りも忘れないところも人気がある所以だろう。

マニアしか知らないような細かいところに拘って、小さくまとまってしまうのではなく、ツボはきっちり押さえたうえで全体のサウンドを第一に考え、バンドとして完結している。何より4人でやり通すという姿勢に共感を覚える。

東京の人たちがシルバービーツを観て満足しているように、熊本の人たちにも「今日は来て良かった。」と満足してもらえるようなステージを提供しなければと気持ちを新たにした夜だった。

東京に行く機会があったら是非一度観て、聴いてください。最高です!

http://www.silverbeats.com/indexj.html
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