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2008. 09. 27  
今なおギターキッズに多大な影響を与え続けている黒衣のギタリスト リッチー・ブラックモアの初めての本格的なバイオグラフィー。

生い立ちから修業時代、ディープ・パープル、レインボー、ディープ・パープル再結成、ハード・ロックを辞めルネサンス音楽を奏でる現在までが事細かに記されている。

著者が労を惜しまず、同級生やバンド仲間、スタッフなど多くの関係者に取材した本書から見えてくるのは、世間離れしているロック・ミュージシャンの中でもおそらく一二を争う変人リッチー・ブラックモア像だ。

人一倍神経質で、わがまま。決して人と交わろうとしない気難し屋。
同じバンドなのに楽屋は他のメンバーとは別。
気に入らないと一人だけアンコールにも出てこないこともしばしば。
その移り気で喧嘩っ早い性格から首を切られたメンバーの数は半端ではない
超常現象を信じ、たびたび交霊会を開く謎の男。

そして、彼のひねくれた性格をよく表しているのがいたずら好きな面である。
ツアー中のレッド・ツェッペリンに代表されるように、ロック・ミュージシャンの悪ふざけはよくある話だが、リッチーのはこれ以上ないほどにたちが悪い。
ツアー中のホテルで他のメンバーの部屋をめちゃめちゃに破壊するなどは当たり前。槍投げの槍をメンバーがいる部屋のドアに突き刺したり、ロジャー・グローヴァーを縛ってマーシャルのケースに閉じこめ、吊り橋に放置したりと、いたずらのレベルを超えている。
特にバンドに新しく加わったメンバーは必ずその洗礼を受けなければならないのだ。

本書を読めば、ステージでの仏頂面や派手なアクション、「ギターぶっ壊し」は決して演出ではないのだということがわかる。

意外なのは生まれつきの運動神経の良さだ。陸上、水泳が得意。中でも槍投げでは州のチャンピオンになるほどの腕前だったという。
根っからのサッカー好きで、好みの女性のタイプはブロンドで巨乳。服の好みは昔から変わらず黒。

いたるところにちりばめられたエピソードはどれも興味深いものばかりだ。

クリーム時代のエリック・クラプトンがリッチーのギターに打ちのめされいらついたことや、リッチーの最初のストラトキャスターがクラプトンが使っていたものだったこと、ツアー先のホテルで真夜中にアンプを持ち込み大騒音を出した時に隣に泊まっていたのがクラプトンだったことなど、ギターの神様との意外な因縁話も面白い。

驚いたのは、パープル結成まもない頃のリッチーがステージ前によくパニックに陥り「コードは何だっけ?イントロはどうだった?」とうろたえるところ。あれだけのテクニックを持ち、ふてぶてしい態度をとる人間でもそういうことがあるのだということを知ってちょっと安心したりもする。

そしてイアン・ギランとの不仲。この二人に関する記述を読むと何故再結成したのかが不思議だ。

このところの愉しみは、夜寝る前にこの本を読むことである。
これまで読んだミュージシャンのバイオグラフィーではまちがいなくベスト3に入る力作だ。


リッチー・ブラックモア伝
(ジェリー・ブルーム著 上西園 誠訳 シンコーミュージック・エンタティメント)

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2008. 09. 23  
ピンク・フロイドのオリジナルメンバーでキーボード奏者のリック・ライトが9月15日死去した。
享年65歳。死因はがんだったという。

ロンドンの工芸学校の学生だったロジャー・ウォータース、ニック・メイスン、リチャード・ライトが1965年にシド・バレットらとバンドを組んだのがピンク・フロイドの始まりだ。
レコードデビュー後まもなく精神のバランスを崩し始めたシド・バレットの代わりにギタリストとして招かれたのがデヴィッド・ギルモアである。

ピンク・フロイドの魅力は何と言っても醸し出されるあの雰囲気だろう。
他のプログレッシヴ・ロック・バンドにみられるような超絶技巧や変拍子を多用するものではないが、特別な仕掛けはなくとも4人が書いて歌って演奏するだけでピンク・フロイドの音になる。

青空へ向かうような声と独特の浮遊感のあるサウンド、そして現代社会を痛烈に批判する切実な歌詞、ピンク・フロイドは極めて真摯な音楽家集団だったと言える。

自分がピンク・フロイドの演奏を初めて観たのは、中学生の頃、NHKの「ヤング・ミュージック・ショウ」で放映されたポンペイ遺跡でのライヴだ。あのときの「エコーズ」の不思議な清涼感は忘れられない。

フロントのロジャー・ウォータースとデイヴ・ギルモアの陰に隠れ、ステージでのリック・ライトは目立たなかったが、曲作り、演奏、効果音、ヴォーカルとすべての面で大きな役割を担っていた。

1994年ロンドン・アールズコートでのライヴを収めたDVD『驚異』をあらためて観たが、デイヴ・ギルモアとよく溶け合うリックのヴォーカルはまさにピンク・フロイドの声だったと言えるだろう。

ビートルズ、レッド・ツェッペリン、ザ・フーとメンバーの死によって再結成が永遠に不可能となったバンドは多いが、シド・バレットに続き、またオリジナルメンバーを失ったことでピンク・フロイドもそのひとつとなった。
一つの時代が確実に終わりに近づいてきているのを感じる。

Rest In Peace









2008. 09. 13  
初めて手にした本格的な写真集がシンコー・ミュージック(新興楽譜出版社)から刊行された『ビートルズ(豪華写真集)』だ。
高校に上がった年、大学生だった姉が休みで帰省したときに買ってきてくれたものだ。

ポッと出のJ-POPのミュージシャンでも写真集が出版される現在と違って当時はミュージシャンの写真集が出版される事自体珍しいことだった。
もちろんビートルズに関して言えば、英米ではデビューした頃から写真集は出版されていたし、日本でも来日した1966年にはいろんな雑誌が増刊号を出版するということはあったが、収められている写真の多くは使い回しであり、ページ数は少なく紙の質も悪かった。

この写真集には、初々しいデビュー当時から解散してそれぞれが独自の道を歩き始めた現在(73年)までの4人の姿が収められている。
ほとんどは海外の通信社から提供されたものだろうが、他に『ミュージック・ライフ』誌が68年にテレビ映画『マジカル・ミステリー・ツアー』での使用曲をリハーサル中のビートルズを独占取材した際のレアな写真も含まれている。
当時の『ミュージック・ライフ』の編集長であった星加ルミ子さんは、65年に事前アポなしで英国に飛び、単独取材に成功した最初の日本人だが、ビートルズの4人は星加さんを友達のように思っていて、その日もロンドン滞在中の星加さんに来るように電話をかけてきたのは何とリンゴ本人だったという。

上質紙に印刷されたカラー、モノクロ含めおよそ200点の写真は、どれも鮮明でページ数は120に及んでいる。
現在数多く刊行されている写真集と同じ意味での本格的な写真集はこれが最初のものだろう。
演奏風景やバックステージでのくつろいでいる4人、妻や婚約者との仲むつまじい様子など、どの写真も見たことのないものばかりで、ビートルズに飢えていた高校生にとってこれ以上のプレゼントはなく、姉には今でも感謝している。


ビートルズ豪華写真集
2008. 09. 07  
初めて買ったビートルズ関連の本がこれだ。
『Beatles'80』と題されたこの本はヒット曲を中心に80曲が収められた楽譜集である。
出版元は『ミュージック・ライフ』の新興楽譜出版社。
といっても楽譜が欲しくて買ったのではない。

ビートルズに興味を持ち始めた中学生がレコードの次に欲しくなったのが写真だった。
解散の話が現実化していた70年代初頭、新聞にもときどきビートルズの記事が掲載されていたが、それらはすべて切り取った。
とにかく彼らの姿がむしょうに見たかったのだ。
そんな時、佐世保のレコード店でこの本に出会った。
今のようにミュージシャンの写真集というものはなく、本といえば楽譜集が何冊かあるだけ。
その中で安くて一番写真が多かったのがこの本だ。

買ってきたその日から楽譜はそっちのけで毎日のように写真を眺めて満足した。
(後にギターを弾くようになってからは本来の意味で世話になったが)
特に気に入った写真は切り取って部屋に貼って眺めた。

長年の酷使に耐えきれず、頁ははずれボロボロになったが、
今眺めてもこの本でしかお目にかかれないレアな写真が数多く収められている。

巻末の発行日を見ると「昭和46年6月15日第6版」と書いてある。
小学校からの親友と遊ばなくなったのもこの頃だ。
タミヤの戦車模型で遊んだ子供時代が終わったのだ。



ビートルズ80
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