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2013. 02. 24  
今日2月24日はジョージの誕生日。
1943年生まれだから、生きていればちょうど70歳。
一つ年上のポールがいまだに若々しいのだから、ジョージもきっと一層ダンディな姿でいたことだろう。

ところで、写真はジョージと前妻パティ・ボイドだ。
撮られたのは離婚後、パティがエリック・クラプトンとも別れたずっと後のものらしい。

パティは自伝『ワンダフル・トゥデイ』の中でジョージと別れクラプトンのもとに走ったことを悔いている。
「もっと頑張ってジョージとの結婚生活を貫くべきだった。」とか、「エリックとは遊び仲間だったが、ジョージとは魂がつながっていた。」というような記述が何箇所も出てくるのだ。

二人はパーティでときどき顔を合わせることもあったそうだが、パティにとってジョージは「兄のような存在」「完全に安心していられる存在」「何でも話せる存在」になっていたのだという。

そして、ジョージの訃報を聞いたとき「すべてが失われた気がした。」とも。

パティとの離婚後、ジョージはオリヴィアと結婚し、子宝にも恵まれ生涯幸せな家庭生活を送ることができた。

それでも、この写真の中の二人をみていると、あのまま添い遂げていてくれたらとも思ってしまう。



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60年代のジョージとパティ
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2013. 02. 16  
「恋はみずいろ」と聞いて誰もが思い浮かべるのは、ポール・モーリアの演奏によるものだろう。
ポール・モーリアの演奏による「恋はみずいろ」は、1968年2月に全米1位に躍り出で、インストゥルメンタルとしては実に6年ぶりの大ヒットとなり、モーリア自身の代表曲となった。
その後もアル・マルティーノ、クロディーヌ・ロンジェなどにカバーされ、実に4回もチャート・インし、今やイージー・リスニングの定番となっている。

しかし、アンドレ・ポップ作曲、ピエール・コー作詞によるこの曲を最初に歌ったのは、ギリシア出身の歌手ヴィッキーだ。

アテネで少女時代を過し、のちにドイツに渡った彼女がルクセンブルク代表としてユーロビジョン・ソング・コンテストに出場したのは1967年。
その晴れの舞台で L'amour Est Bleu (原題)を歌い、見事4位入賞を果たした。
ヴィッキーの「恋はみずいろ」は日本でもヒットし、洋楽好きの姉のラジオからだったろうか、小学生だった私もたびたび聴いた記憶がある。

中学生以降はロックに夢中になり、当時のポップ・ソングのことは忘れてしまっていたが、大人になって、急に懐かしくなり、中古レコード屋で「恋はみずいろ」が入った当時のオムニバス盤や彼女が日本語で歌ったシングル「時の流れのように」などを買い漁った。


インストゥルメンタルでも十分美しいけれど、やっぱり歌詞があったほうがこの曲はいい。
ヴィッキーの愛らしさとフランス語の響きの美しさ、これ以外には考えられない最高の組み合わせだ。
そして、また、サビでメジャーに変わるところは大好きな部分だ。

そういえば、単身赴任で3年間過した人吉市では、夕方5時のチャイムが「恋はみずいろ」だった。
「夕焼け小焼け」や「七つの子」ではなくてこの曲を使うなんて、何ともしゃれた町だと思った。

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『ベスト・ヒッツ68~69』(フィリップス)
「恋はみずいろ」のほか「カーザ・ビアンカ」(ヴィッキー)「キサナドゥーの伝説」(デイブ・ディー・グループ)「ジョアンナ」(スコット・ウォーカー)等収録

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シングル「時の流れのように」(フィリップス)

ヴィッキー=レアンドロス ♪L'AMOUR EST BLEU (67)
時の流れのように/ヴィッキー
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