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2013. 06. 28  
「歌の文句じゃないけれど、騙した人が悪いのか、騙された私が悪いのか。」
先日の国会で久方ぶりに質問に立った野田元総理が、衆院議員の定数削減の結論を通常国会までに得るとした、自民、公明、民主 の3党合意に触れ、安倍総理にこう言い放った。

この歌とは、1964年に西田佐知子が歌った「東京ブルース」だ。
東京オリンピックが開催されたこの年、水木かおる、藤原秀行、西田佐知子のトリオによるこの曲は大ヒットし、暮れの紅白歌合戦でも歌われた。

野田さんの歌詞は正確ではないが、往年のファンは「おおっー」と思ったに違いない。
まさか今ここで「東京ブルース」が出てくるとは。

実は私がこのところずっと愛聴しているのが「東京ブルース」だ。

西田佐知子の歌は子供の頃、「アカシアの雨がやむとき」や「赤坂の夜は更けて」「女の意地」など聴いたことがあったし、母親がよく口ずさんでいた記憶もあったが、正直「東京ブルース」の記憶はなかった。
この曲を知ったのはつい最近、BSで良く流れている昭和の名曲のコンピレーションCDのCMだった。

よくある男女のすれちがいを歌いながらも、ドロドロした感じはなく、ハスキーで淡々とした歌い方に品の良ささえ感じて、他の流行歌とは一味も二味も違って聴こえた。

60年代に流行った歌で「東京」の名がつくものは数多い。
誰もかれもが東京へと出て行った高度成長期、東京は夢のような都会で憧れの的だったのだろう。
そして、「~ブルース」という歌もこれまた多い。
だが、数ある当時の流行歌の中でもこの曲はピカイチだ。

名曲だけにカヴァーも多く、ちあきなおみ、桂銀淑、テレサ・テン、三善英史など実力派がこぞって歌っているが、誰も西田佐知子のようには歌えない。

西田佐知子に関しては、「けだるい」とか「退廃的」という形容詞がつきものだが、この歌を聴けばいかに彼女が雰囲気だけの歌手ではない実力派だということがわかる。
こぶしをぶんぶん効かすではなく、やたらビブラートをかけるわけでもなく、ていねいに歌いながらも情感に溢れている。
例えば、2番の歌詞にある「ガラス玉」、西田佐知子はこの一節だけで恋のはかなさを見事に表現している。

テクニック的に上手い歌手はそれこそ五万といるだろうが、その人にしか歌えない歌を持った者が本物の歌手だと思う。

その意味で西田佐知子はプロ中のプロだと思う。



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「東京ブルース」西田佐知子
西田佐知子「アカシアの雨が止む時」
西田佐知子 / コーヒー・ルンバ


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2013. 06. 19  
ようやく『シュガーマン』を観ることができた。

1970年代初頭に2枚のアルバムを出すも全く売れずにそのまま消えたメキシコ系アメリカ人シンガー、シクスト・ロドリゲス。
その彼が地球の反対側の南アフリカではビートルズやサイモン&ガーファンクルと並ぶほどのスーパースターだったという嘘のような本当の話である。

この国でこれほど人気があるのに本国アメリカでは何故無名なのか。
情報が全くないのは何故なのか、いったい彼は何者で何処にいるのか。
二人の南アフリカ人がロドリゲスの消息を探るところから物語が始まる。


ステージで火を放ち、拳銃で自らの命を絶ったという噂もある中、二人はあらゆる手がかりを探ったが消息は一向につかめなかった。
そんな中、歌詞の中にある地名から糸口を見つけ出そうとしていろんな土地、国をめぐった結果、ようやくアメリカ、ミシガン州デトロイトに辿り着く。
デトロイトを本拠地とする当時のレコード会社の担当プロデューサーに行き当たった二人はロドリゲスがまだ健在だということを知る。

そして、遂にロドリゲス本人と連絡が取れた二人は迷わず南アフリカでのコンサートを申し出る。 

1998年、半信半疑のまま南アフリカに降り立ったロドリゲスと娘たちを迎えたのは2台のリムジン、宿泊先は高級ホテルのスイート・ルーム。
20人も集まれば上等と思っていたコンサート会場はロドリゲスを40年以上も待ちわびた5000人の大観衆で埋め尽くされた。
ロドリゲスが登場するとスタンディング・オベーションの嵐。
彼が歌うと皆が口ずさみ、涙ぐむ人もいた。
行われた6回のコンサートはすべてソールドアウト。

歌は時として歌い手本人が考えもしなかった方面に影響を及ぼすことがある。
「ヘイ・ジュード」が1960年代ソ連の支配下にあったチェコスロバキアで民主化運動のシンボルとなったように、ロドリゲスの歌もまた70年代当時南アフリカで執られていたアパルトヘイト(人種差別政策)への反対運動のテーマ曲となっていた。
そしてアパルトヘイトが撤廃された後においても南アフリカの人々のソウルソングとなっていたのだ。

南アフリカでの初ツアーで大成功を収めたロドリゲスだが、彼の生活は以前とまったく変わることはなかった。
アメリカに帰ったロドリゲスはこれまでどおり肉体労働の生活に戻った。
レコード会社から契約を打ち切られた後は、ずっとこの生活で家族を養ってきたのだった。
コンサートの収入は家族や友人にあげた。
南アフリカでのレコードセールスは50万枚以上というが、もともと海賊盤であったため、まったくロドリゲスの収入にはならなかったのだという。


インターネットで何万という曲が切り売りされ、消費される時代に一人のシンガーの歌を大切に聴き続ける人々。
どんなに環境が変わろうとも、自分の生き方を貫く男。

真の豊かさとは、人生で一番大事なこととは。

ボブ・ディランのような鋭い感性、ホセ・フェリシアーノのような強さを持った歌声、聴く人の魂に訴えかける曲の数々。

例え偶然であったとしても、このような素晴らしいシンガーを埋もれさせなかった南アフリカの人たちに感謝したい。


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http://www.sugarman.jp/

Rodriguez - I Wonder
Rodriguez - Cause
Rodriguez - Crucify Your Mind

2013. 06. 08  
先ごろ放送されたテレビ朝日『題名のない音楽会』は何とジミー・ペイジ特集だった。

クラシックの番組とばかり思っていた『題名のない音楽会』でロックを、しかもジミー・ペイジ。
今やエンターテイナーの域に達しているエリック・クラプトンでもなく、ギター片手に真剣勝負のジェフ・ベックでもなく、あえて「地味な」ジミー・ペイジをとりあげるとは、番組スタッフもなかなか目の付けどころが鋭い。
まさにその精神こそがロックだ。
「ビートルズではジョージが一番好き」というのとどこか似てなくもない。

ジミー・ペイジフリークの佐野史郎、野村義男、ROLLY の3人がそれぞれの思いを語る姿は熱く、ロック少年のままだった。

番組最後では佐渡裕氏も参加してみんなで「天国への階段」を演奏。
リコーダー2本(!)でイントロを吹いた佐渡さん、さすがプロの演奏家は違う。

ただ、佐渡さん、「クラプトンは好きなんだけど。今日は何かつまんない。」と不用意に口走ったため、みんなから冷たい視線を浴びていた。
 

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