FC2ブログ
2013. 08. 31  
11月に来日が決まったポール・マッカートニーが10月14日にニュー・アルバム『NEW』をリリースする。
http://www.universal-music.co.jp/paul-mccartney

71歳になった今もなお、ワールド・ツアーを敢行するポール、アルバム発売に先駆けて公開された新曲「NEW」を聴くと、これまで以上に意欲的な印象を受けるが、米『ローリング・ストーン』誌のインタヴューでは「これは“バック・トゥ・ザ・ビートルズ・アルバム”なんだ」と語っている。

ジョンとジョージがいない今、ビートルズの看板を背負って立つ者は自分しかいないんだ、という責任感からだろうか、最近のポールのライブでは、セットリストの大半がビートルズ・ナンバーで占められ、ジョンの「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」、ジョージの「サムシング」といったナンバーも定番化している。

また、ジョンの「ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オブ・ミスター・カイト」や「ユア・マザー・シュッド・ノウ」など、これまでライブでは演奏されていない曲にも積極的に取り組んでいる。

90年、93年、02年と来日コンサートにはすべて行ったが、さすがに今回については最後かも知れないという想いが強い。

子供の頃からの憧れ、ビートルズ時代から変わらない快活でチャーミングなポール・マッカートニーをこの目に焼きつけなければ。


paul-main-130712_convert_20130831184645.jpg



スポンサーサイト



2013. 08. 19  
中浦ジュリアンは、1582年(天正10年)に、キリシタン大名、大友宗麟、大村純忠、有馬晴信の名代として、ローマに派遣された天正遣欧少年使節の一人。

その記念公園が長崎県西海市西海町中浦にある。
http://www.nagasaki-tabinet.com/junrei/1019/gmap.html

中浦ジュリアンが中浦の出身であり、何かしらの記念碑があることは以前から知ってはいたが、特別行ってみたいとは思わなかった。

自分のルーツや郷土史に興味が湧いてきたのは、50歳を過ぎたここ数年のことだ。
実家から車でほんの少しのところなのに何で今まで行かなかったのだろう、と今あらためて思う。

西彼半島の西海岸を走る国道202号から少し海辺へ下ったところ、民家が立ち並ぶ中にひっそりと公園はある。
思ってたよりもうんとこじんまりとしていて、無人の資料館とブロンズ像が建っている。

伊東マンショ、千々石ミゲル、原マルチノらとローマに向けて長崎を出港したとき、ジュリアンは14歳。
ローマ法王・スペイン国王に謁見するなどヨーロッパの各国で大歓迎を受けた後、1590年に帰国したときは22歳のりっぱな大人になっていた。

希望に満ちて異国の風土に触れたときの感動は如何ばかりのものだったのだろうか。
そして、帰国したとき、派遣されたときとはまったく違う世の中になっていたことを知った時の心中は。


2007年6月、ローマ教皇ベニディクト16世は中浦ジュリアンを福者に列福すると発表した。


P1000648_convert_20130819165934.jpg

P1000649_convert_20130819170013.jpg

P1000652_convert_20130819170118.jpg
「ローマへの道」を指す中浦ジュリアン



プロフィール
月別アーカイブ
FC2カウンター
FC2カウンター
現在の閲覧者数:
ブロとも申請フォーム
フリーエリア
フリーエリア
ブログ内検索