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2014. 02. 09  
今年2014年はビートルズ全米デビュー50周年だという。

ビートルズのことだからどの年でも何らかのアニバーサリー・イヤーではあるのだが、このことに関してはちょっと意味合いが違う。
60年代当時、世界一の音楽マーケットはアメリカであり、アメリカを制覇することは世界を制覇することだったからだ。

アメリカ上陸の前年の1963年、すでに「プリーズ・プリーズ・ミー」「フロム・ミー・トゥ・ユー」「シー・ラブズ・ユー」のヒット3連発で本国イギリスではトップスターの仲間入りを果たしていたビートルズも、アメリカではマイナー・レーベルでの発売ということもあってか、まったく鳴かず飛ばずの状態だった。

当時イギリスでトップスターだったクリフ・リチャードでさえ、アメリカではチャートインこそしたものの決して成功したとはいえない状況であったから、ビートルズの4人もアメリカでチャート・トップを取るまでは渡米はしないと固く心に決めていたという。

1964年1月16日フランス・パリ・オランピアでの反応の薄い公演を終えた夜、ジョルジュ・サンク・ホテルのスイート・ルームに戻った4人を待っていたのは、アメリカ、キャッシュ・ボックス誌のシングル・チャートで「抱きしめたい」が43位から1位に躍り出たという知らせだった。

「やった!これでアメリカに行ける。」4人が大喜びしたのは想像に難くない。R&R、R&B、C&W、ブルースを生んだ国、チャック・ベリー、リトル・リチャード、バディ・ホリー、そしてエルヴィスの国、憧れの地アメリカに行ける。

2月7日、パン・アメリカン航空707でジョン・F・ケネディ空港に降り立った4人を待っていたのは3,000人のファンの絶叫だった。

アメリカの聴衆に初めて演奏を披露したのは2月9日の「エド・サリヴァン・ショー」でだった。
全米で7,300万人が観たというこのときの放送は視聴率世界記録を打ち立てた。
また、ビートルズが演奏していた10分間、犯罪がほとんど起きなかったという。
この放送の翌日プロのミュージシャンを含む全米中の若者が楽器店に走ったといわれている。
(バーズのロジャー・マッギンがビートルズを観てリッケンバッカーの12弦ギターを買いに走ったのは有名な話だ。)

このときを境にビートルズはイギリスから世界へと羽ばたくことになる。
まさに世界制覇の瞬間だったのだ。



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ジョン「俺たちはどこへ行くんだ?」「トップのそのまた上さ、ジョニー!」
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